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新聞記者からの逃亡③

 「俺もこの仕事をずっと続ける気なんて、さらさらないで」

 この夫の言葉が、別の人生の歩み方を真剣に考え出すゴングになった。

 もし記者じゃなかったら何がやりたいか。死ぬまでにやりたいことは?理想の生き方って…。死ぬまでにやりたいことはお互いに、世界一周旅行だった。でもそれだと、お金が減っていくばかりで不安になって、途中で帰りたくなるかも。それなら、日本一周をしながら移住先と仕事を探すのはどうだろう。それでも仕事や住みたい場所が見つかる保証なんてないし、そもそも二人分の家具や荷物はどこに置いておくの?始めは夢物語を語っていればよかったけど、話が具体的になっていくと、それまで見えていなかった小さな壁がいくつもいくつも現れ、その度に立ち止まった。

 第二の人生をスタートさせる場所としてお互いに絶対に譲れないこと。それは海のある場所での田舎暮らし。できれば、自給自足の生活。

 夫はどうかわからないけど、私には都会でのサラリーマン生活は合わなかった。お洒落な場所に住み、服や外食、趣味や旅行にお金を使う。24時間営業のコンビニやスーパーが近くに何軒もあり、お金を出せばお腹はすぐに満たされるし、揃わないものなんてない生活。日本の中心地トーキョー。政治も経済も芸能も、東京中心で動いてる。なんでも最先端。最先端を伝えるために、日付が変わるまで働いて、満員電車で帰る日々。仕事は刺激的で楽しいけど、なにか満たされない。走り回って汗をかいて、耳を傾けて文章を書き、地域に寄り添って、その地域の人たちと一緒に感動したりへこんだり泣いたり笑ったりしたい。そういうことができたら、コンビニもファミレスも百貨店も何もなくていい。

 「田舎暮らし」「移住」「空き家情報」ー。そんな言葉を検索していてたどり着いたのが、「地域おこし協力隊」だった。任期の3年間で地域を盛り上げるお手伝いをしながら、その地域に根を張り、生活の基盤を築いていく。3年間、必死に走り回ってたくさんの人や景色や文化に出会って、感性を研ぎ澄まして文章を書いて生きてみたい。もっとシンプルに生きてみたい。そんな気持ちが日に日に強くなり、2015年を迎えるころには、退職の意思は固まっていた。これから、いろんな仕事が最後になる。悔いの残らないよう、全力でやろう。そんな思いで20年目を迎えた阪神大震災の記事や4年目の3月11日に向けた企画をエンターテイメントの視点から書き、福島にも足を運んだ。私にしか書けない記事はないけど、私だからこそ書ける文章があるはず。そんな思いで、私は記者最後の日まで

走り続けた。

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