top of page

小値賀島と野崎島①

 6月1、2日と出張で小値賀町に初めて渡りました。

 小値賀町は、佐世保市の宇久島と、新上五島町の間に位置する17の島々(うち有人島は6つ)からなる町で、人口は約2500人。上五島の北端にある津和崎展望台から眺めることができ、距離的にはとても近い町。だけど、上五島とは街並みも景観も歴史も文化も、車のナンバーさえも違って、なんだか全然違う場所に来たみたいだと思った。

 まず小値賀町は、五島列島ではあるけど、「五島」には含まれない(らしい)。「五島」は、北から中通島、若松島、奈留島、久賀島、福江島の五つの島のことを指している。行政区としても、小値賀町は佐世保市に本庁のある県北振興局の管轄で、五島に当たる新上五島町と五島市は五島振興局の管轄。車のナンバーも小値賀は佐世保ナンバー(五島は長崎ナンバー)。だから小値賀の人たちは「小値賀は五島じゃない」という認識の人がとても多いんだそう。

 小値賀町は、小値賀島をはじめ17の島々からできている。その島によっても地形が違って、いろんな景色が楽しめる。そんな小値賀町を、ガイドや体験プログラムの提供などを行っている「Goto Experience」のブレットさんと歌野杳(よう)さんが案内してくれた。

 私たちはまず、チャーター船に乗って新上五島町の中通島と小値賀島の間にある「野崎島」へ向かった。野崎島は、人が住んでいない無人の島だ。小値賀町のHPには「2001(平成13)年、当時最後の住民であり島を守り続けてきた沖ノ神島神社宮司の離村により、人の営みの灯が消え、現在は、簡易宿泊施設・休憩施設「野崎島自然学塾村」の管理者以外、無人の島になっています」とある。そんな野崎島に、私は初めて足を踏み入れた。

 小値賀島からチャーター船に乗って約15分、野首港に着いた。

 野崎島は小値賀島と違って、山と海に囲まれた島だった。山を切り開いて作られた立派な野崎ダムを横目に、丘を登っていく。道は細く、シカやイノシシに荒らされたのであろう、土がむき出しでこぶしほどの石があちこちに転がっている。あ!シカの糞だ。ふるさと奈良県の若草山を思い出し、ノスタルジーな気持ちと、シカの糞で懐かしさを感じるってどうなんよというおかしさが同時にこみあげてきて独りニヤニヤしながら、すぐにそんな気持ちには蓋をして、坂道を進んだ。鳥獣被害対策の電線が張り巡らされている。ここまでしないと、野に還ろうとする自然に抗うことはできないのだろうなと思った。 

 さらに緩急のある坂道をてくてく登っていくと、左手に教会が現れた。世界遺産への登録を目指す「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産の1つ、「旧野首教会」だ。レンガ造りの美しい教会で、多くの教会を手掛けた上五島出身の鉄川与助が設計を手掛けた。段々に石垣が積まれた集落跡に、海を望むようにポツンと建つその教会は、ここに多くの人々がかつて住んでいたことを、そしてここから海を渡って島を離れたことを無言で、しかし心に突き刺さるようなリアリティを持って伝えていた。

(つづく)


特集記事
記事一覧
アーカイブ
タグ一覧
まだタグはありません。
Follow Us
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page